空きっ腹に海苔

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記憶をたしなむ

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土の味がするようで、苦手だった野菜がある。筆頭は里芋。他にはごぼう、にんじんにも土を感じていたし、じゃがいもも、茹でただけの状態のをそのまま口にするのは土臭くて苦手だった印象がある。

アスパラ、ブロッコリー、カリフラワーあたりの草っぽい匂いと辛みというか苦みというか口の残るあの後味のコンビネーションも苦手であった。

大根をおろすと台所に充満する金属的なツンとした匂い。大根はまだ煮れば食べられたが、その匂いをさらに鋭角にしたようなカブは煮てもまだそのクセが残る感じが苦手だった。本当に野菜嫌いの子供であった。

今となってはどれも好き嫌いなく食べられる。大人になると味覚が変わり、舌や鼻の感覚も鈍ってきて、やがて苦手だったものも食べられるようになるという話があるが、どうもそれだけではない気もしている。

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子供の頃はいまよりも、自然が遊びに密着していた。土をほじくったり草をちぎったり木の枝を折ったり。雨に錆びた鉄棒やブランコやで手が鉄臭くなったり。その頃はそんな土や草や鉄やらの匂いを鼻や手のひらに毎日毎日吸いこんでは汚れては遊んでいたんである。

幼い子供は食べたいものを自分で選べない。母親なり家族が作る食事が口にするすべてである。そんな自分にとって、もっと美味しそうなものが他にあるのに何で野菜みたいに、土みたいな草みたいな、苦くて妙な匂いのするものを食べないといけないのだと憤っていたのだと思う。

さて大人になって気がつけば、土や草の匂いにかこまれて遊ぶこととも遠ざかり自ら汚れてまではしゃぐこともなくなった。食べたいものを好きなときに好きなだけ選んで食べることができるようにもなった。すると、遠ざかった昔の匂いが野菜の中にあることに気づいて懐かしみが湧く。けっして大好物になったわけではないが、妙にひと口、もうひと口と後を引いて味わっていたりする。

スリルが絶望に変わる前に

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醤油の安心感は、ときに敗北の味でもある。日本人にとって、親しみのある懐かしい味とは何かといえば、醤油、味噌といった基礎調味料、鰹節、昆布といった風味原料、刻みネギや漬物の芳香、塩鮭や干物の焼ける匂いなど、昔からの食生活に組み込まれた味がそれだと思う。特に醤油のおよぼす安心感たるや、乳児にとっての母乳に匹敵する引きの強さだろう。

しかしこの安心感が時に、私に敗北感をもたらす。多少料理を趣味とする者であれば、いつかは市販のカレールーやパスタソースやドレッシングやといった加工食品に頼らず、カレーやパスタやサラダを自ら作り出すことにチャレンジするものである。それらはいずれも、もとを辿れば日本の料理ではない。作る側としては、なるべく、その現地のルーツを感じさせるようなレシピで作りたい。そのほうがロマンがあって良い。カレーであれば、個々のスパイスを買い集めて自ら配合したり、パスタであればスーパーよりも百貨店や専門店のオリーブオイルや麺やハーブにこだわってみたり、ドレッシングであれば日本の酢やサラダ油よりも輸入のワインビネガーやピーナツオイルをわざわざ探してきたりして、作りたいのである。

そしてレシピになるべく基づいて作り始める。いよいよ完成に近づいてきたときに味見をしてみて大体こう思うのである。なんか物足りない、と。

わざわざ遠出してまで買ってきた素材や、レシピブックに格好良く映る完成写真やを眺めて、できあがった味にうっとりする自分を想像していたはずなのである。なんとか補正したい。脳内補正ではなく、ちゃんと味を補正したい。しかし味見をしていくうちに、舌が麻痺してよけいわからなくなる。

焦点の定まらない目をしてキッチンの床にたたずんでいると肩の上から悪魔が囁く。醤油を入れたらどうだ、と。

そんなことをしていいのか、私は、こだわりにこだわって食材を集め、憧れのイタリアやインドやフランスを思い浮かべてなるべくそのルーツに近い味を知りたくて作りはじめたではないか。当初の気高き理念はどこへ行ったのだ。

しかし、ここへ来てアンコントローラブルな目の前の完成途上品を、脳内補正だけで食べ切れるのか。まして友や、家族や、恋人に、食べさせることができるだろうか。どんな感想もフォローにしか聞こえないような晩餐の時をすごすのは、嫌だ。

目の前の鍋、あるいはボウルに、いつもの手に馴染んだ醤油のボトルから15ccほどを垂らしてみる。ざっくりと全体を混ぜ、味を確かめる。ああ、そうだこの味だ。なんて安心感だ。

敗因は、概ね共通している。レシピの最終項目にだいたい記載されている「塩・こしょう 適量」の文字だ。醤油に慣れている私達にとって、適量の塩ほどコントロールしづらいものはない。塩単体は、醤油よりも重量比5倍、6倍は塩辛い。しかも結晶であるために、馴染んでから塩味を感じるまでの時間差がある。当然、塩味しかしない。このストロングな存在感に、慣れない私は何度自らの不甲斐なさを呪ったことか。

醤油は塩分だけでなく原料から生まれる旨味や匂いがある。何よりも親しみのあるその口当たりがすべてを包み込む。スーパーに並ぶ、大手ブランドのパスタソースやカレールーやドレッシングの裏ラベルを見れば、ほぼもれなく醤油の文字が並んでいることがわかるだろう。

目の前の料理は、それなりに食べられる味になった。しかしその味は、憧れのルーツに今日も辿り着けなかった、敗北の味。

粘膜に忍び寄る不安

 

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歌で言うなれば夏も残すところ8小節ほどとなり、9月の台風が猛り狂う予感を示す東京で風邪をひいていた。朝、元気にジョギングをして、着替えて電車に乗り、事務所についたころまでは良かった。ものの1時間もしないうちから悪寒、更に1時間で震えと関節痛。この5,6年ほど風邪の訪れはだいたいこのパターンである。夕方まだ早めに家に戻り布団をかぶる。体温は38度を越え、夜半には39度を越え、目を閉じると幻覚、布団の上で平衡感覚を無くして朝まで苦しむ。翌日正午ごろには熱も下がり、頭痛関節痛は残るものの復活と言える状態にまで持ち直したがここからの数日がまた地獄であった。症状の延長なのか、薬の副作用なのか、口内炎が舌先から舌の根、上顎の奥までいくつもできたのである。舌の根元の脇に柔らかいところがあると思うがそこに至っては、いくつかの口内炎がくっつきあって広範囲に痛い。体調は戻っているのに水を飲むのすら苦痛で飯の味などわからない。どうにかまた時間を作って医者にかかっても原因不明と薬を変えられただけでもう2日苦しみ、ついにやめてはならんと釘を刺された薬を飲むのをやめてやった。飯をおいしく食べられなかった日は寝る前もむしゃくしゃするし起きて口内炎がましになっていないと朝から気分が悪い。この繰り返しを我慢するのは懲り懲りだったからだ。

すると翌朝から炎症は引いていき、昼過ぎにはもう痕跡を残す程度に回復したではないか。これが薬のせいなのか症状がひいたのか判別つかないところがもどかしい。若い時にはちょっとした体調不良でも、回復の目処がだいたい立てられたようなことが、これから年々その症状を少しずつ複雑なものにしていくのではないかと不安になる。いくら毎日が大変だと言っても、寝食を邪魔するものさえなければ大抵のことは楽しくやっていけるはずである。つまりこの2つを邪魔するものに対しては我慢せず動いていこうと心した次第。

胃袋(の安心)を買いに

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8年ぶりに胃カメラを飲みに行った。わざわざ「飲む」という言い回しが、なんとなくえらぶっているように感じなくもないけれど、あれは文字通り喉から食道へ進む際に「ちょっと飲み込んでください~」と声をかけられるし、そうしないといつまでも喉の奥で留まって苦しいので、あながち大げさでもない言い回しなのである。問診中に「前にやったことあれば、大丈夫ですよねえ」と看護師の方に言われて、いやあえへへと笑っていたけども、何度やろうがしんどいことはわかっていたので内心穏やかではなかった。

前日は21時までしか食事がとれず、朝起きてコーヒーも朝食も我慢、病院へ朝8時30分にたどり着き、同じように空腹を耐えているであろう仲間たちが集う待合所に。暇を持て余しマガジンラックを覗くと新聞や文春やnon-noに交じって「おとなの週末」。内視鏡室に集う人間の心情を理解しておれば決して置くべきではないグルメな一冊に苦情を言い立てたくもなるが空腹なので抗う元気も無い、なんとか飲み終えて結果通達、幸い異常は見つからずということで安心して病院をあとにしたものの、検査中に空気を入れるせいなのか腹が張って異様に苦しく、きゅうきゅうと痛い。空腹感はあるのにまったく食事をする気がしない。

絶食明けの食事は、味覚を超えた満足感を味わえる食体験の一つであると考える自分にとって、その記念すべき1食目を考えるのは楽しみでなければならないのだ。それがこんなにも辛く苦しいとは、胃カメラを飲み込む試練に匹敵する苦痛である。それもこれも複雑に入り組んでいる人間ならではの内臓のせいである。多くの魚は食道~胃袋~腸~肛門までが一直線と聞く。奥歯をガタガタ言わせることができるとすれば相手は魚に限られるのだ。

パン粉が目に染みる

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先週とあるエビに謝罪をした。あのエビは、私を赦してくれただろうか。

その昔、海や港の近くならいざしらず、スーパーに並ぶエビ、お惣菜に使われるエビはだいたいブラックタイガー一強という印象だった。しかし、少しスーパーを見てもらえればわかるとおり、ここ10年ほどで勢力バナメイエビに取って代わられつつある。

私はこのエビを世にいうむきエビとして、お惣菜のサラダやエビチリとして出くわし、そのあまりに味がなく水っぽく魚介類のクセだけは舌に残るという印象がそれはもう大変好きになれなかったのだった。

しかしバナメイエビはそれはもう大変な勢いで世に浸透したようで、いつの間にか単にエビと名乗ればそれはバナメイ、というほどに見かけるようになる。そうして私は、おのずからバナメイエビを買い求めることは極力避け、外食チェーン店のエビチリやエビマヨ、立ち食いそばの海老天、ほか弁のエビフライに対しても、もう彼らは遠い過日に親しんだブラックタイガーではないのだと、これまたなるべく避け、場合によっては他人へその立場を毀損するような発言をするようになってしまった。

さて、ほぼ冷凍で流通するこういったエビには保水という技術がある。リーズナブルに大量消費されるエビ類は、だいたいブロックで凍結されたりバラバラに凍結されて日本に届く。なかでも、殻をむいて加工される彼らの味と歯ごたえを保つために発達した技術である。その存在はかねてから見知ったつもりではあったが、どうやらこの技術により私はバナメイエビについて誤解していたようなのであった。

話は先週に戻る。スーパーでふとバナメイが目に入った。普段なら間違っても手にしていなかったはずのパッケージを無意識に手に取っていた。これまで見たものよりも毅然と、かつしなやかな佇まいをもっていたのだ。その殻を脱がせて内側を確かめたい。無性に心が昂ぶった。気がつけば、私はバナメイを抱え気ぜわしく帰路についていた。

キッチンに入り扉を閉める。乱暴に、パックに巻き付いたラップを剥ぎ取る。ブラックタイガーに比べればその殻、身は繊細で、柔らかい。エビフライにしよう、とそうっと殻を剥きとっていき、背わたを抜いて伸ばし、衣を当てる。なぜ、こんなにバナメイに期待しているのか、自分でもわからないほどだ。

しかし熱気を上げる揚げ物鍋から取り出した一本目をかじった瞬間、この行きずりの出会いに心から歓びを感じたのだった。

これまで否定していたあの水っぽさはなく、むしろ繊細ながら身の詰まった歯ごたえはとても上品で、エビならではの甘い香ばしさも口いっぱいに広がる。うまいじゃないか。旨みの濃さは立派な他のエビほどではないにせよ、後味の軽さは随一だ。私が誤解したあの水臭い味は、保水されたむきエビならではの味だったのだ。

ねじふせられるような濃厚な色気は、愉しみを長く味わえるこの奥ゆかしさに比べると疲れる日もあるのだ。

無心に残りを平らげて、真正面からこれまでの不実を詫びたのだった。

繰り返す無いものねだり

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10ウン年振りに炭火をおさらいしようと七輪に向かい合うこと数週間。改めて炭の楽しさを味わった。それにしても火起こしから逆算すると、家庭用の少量でも一時間弱は前もって準備が必要だから空腹には堪える。

着火の問題をクリアしても、焼いている間の煙がまた面倒であった。脂身のついた豚バラや鶏のもも、イワシのような脂の多い魚は、焼く途中で煙の多さに断念した。なにげに玄関を出て外の排気口を見たら、怖くて隣近所と顔を合わせたくないくらいの量が吐き出されていたので音を立てないように玄関を閉めた。

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それでも炭がよかったのだ。焼いている間に刻々と変化する火加減をちょこまかと調整し、煙や火がなるべく出過ぎないように様子を眺めているのは楽しい。マニュアル車に乗るような気分に近い。そして何よりその炭ならでは香りとドライな焼き上がりが好きである。特に香りに限っては電気ガスでは事足りない。炭の匂いが付けられる食品香料はあるけれども。

今回使ったのはいわゆる「オガ炭」木くずを押し固めて作られる成型炭というもの。対して、備長炭などといわれる木の形をそのまま残したタイプの炭もあるがこちらは高級品である。そんな高級品がオガ炭と何が違うのかちょっと調べてみると、どうやらピーク時の火力が強いのと炭の香りがあまり付かないことがよいらしい。

確かに焼き物をするのに木炭しか熱源がなかった時代は何を焼いてもその香りがつくわけだから、逆にあの香りが付かないことのほうが純粋に料理を味わえるという意味で付加価値だったのかもしれない。しかも火力が強いほうがいいのであれば、ガスや電気が取って代わるのは無理もないことである。それが今や炭の香りを楽しみたくて火起こしや火加減の不便を取るという、一周回って無駄が無駄でなくなる感じが楽しい気がする。

せっかちの瞳に映らない色

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あまねくすべての料理は常に出来たてが最高においしい状態だ、と信じていた。そうとは限らないということを理解したのは、ごく最近のことだった。猫舌なので、自分は最高においしい熱々の状態を味わえない不幸な部類の人間だと思っていたくらいである。

行列ができる人気のとんかつ屋に行ったときのことだった。カウンター10席ほどしかないその店は、並んでいるうちに注文を聞いて全席入れ替え制で客を回転させていくスタイルである。しばらく待ってようやく入店というとき、まず目にとびこんできたのは厨房奥の揚げ鍋の横のバットに、すでに揚がったとんかつが並んでいる様子だった。

これでは揚げたてを味わえないじゃないか?人気店となると行列をさばくのも大事なことだろうからそれも致し方ないことなのか、と少し気落ちして提供を待った。しかし目の前に現れたとんかつは、湯気を立てたその断面を一切れこちらに向けているではないか。

火照りきって内側にとどめきれなくなった肉の水分が断面に滲み出している。さっそく口に含むと、決してぬるくなく、豚肉の力強さが十分伝わる温度はまさに適温なのであった。いままで、熱すぎて味がわからないような出来たてを有難がっていたのはなんだったのだ。

自分はこれまで、「余熱で火を通す」というキーワードを疑っていた。それは、仕事柄いかに調理をシンプルでクイックなものにするかを追求する機会が多かったことと関係があると思う。チェーンオペレーティング的にいかに調理を単純化するかに腐心していた当時の自分には受け入れられない、曖昧で属人的な調理過程だったのだ。味10点、スピード6点のレシピなら、味7点、スピード9点くらいにする気持ちでやっていた。ずっとそういう考えでいたのだから余熱を調理の一環として受け入れる余裕などなかった。

とんかつを油から取り出して3、4分。揚げた直後は行き場を失っていた肉汁がこの間ちょうどいい具合に肉の繊維の隙間に落ち着く。切った直後の断面が薄いピンクになっているくらいだと言うことはない。これがまた、食べ始めるころには落ち着いた色合いに変化する。ジューシーさがピークを迎える。