トリックフリーな一年

喜はな 金沢

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今年は一年の中に巡り表れる季節の違いと降り立った土地をなるべく意識した食事をすることにしたいと思った。この数年、仕事を通じて各地に同じような中身のSCやモールが次々と建っていることを実感して、現代が一年を通してその食材の旬がいつなのかどこの出自なのかを気にすることなく同じ食材が手に入る時代であることを初めて肌で感じることができた。年中季節感のないメニューを、どこで作られた食材であっても口にできることは、当然のことだと長らく自分が考えていたことも認識した。むしろ季節感や産地の特色すらも、ビジュアルやコピーといった記号的な刺激のみで場所と時間をとわず生み出されている。単にその浅ましさを憂うべきだろうか。

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その背景を遡ろうとすればするほど、強い願いと希望に裏付けられた先人の努力、格闘の足跡を知った。どんな技術もその発生の時点では、その時代にない価値を生み出す輝ける卵であった。

卵はその普及とともに生まれる歪みをさらに修正する二次的三次的役割をもつ新たな卵を作ろうとする人々の元手となっている反面、ただ卵の即物的価値のみを量で捌く人々の元手ともなっている。産み手のみならず買い手をも結果的に消耗させているのがどちらであるかは言うまでもない。

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ただ、生まれながらのデジタル世代がこれからを占めるにつれ、情報がもたらす刺激の洪水は結果誰しもが求めるものになりえるとは考えにくいところもあると思う。それが人々が何かに気づいた結果なのか、単に操り手が代わった結果なのかはわからないが、確実に過去に合理性を求めて構築した仕組みは時代に対し不合理を起こしている。次に日本の食生活が示す姿がどういうものになるのか、想像しつづけたいと感じた年始。