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境界の渚にて

漆の実 金沢

https://tabelog.com/ishikawa/A1701/A170101/17004976/

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自分は字が汚い。小学生くらいのころに、きれいな字でなくてもいい、丁寧に書きなさい、と親や先生に言われた。しかし自分はその丁寧という感覚が、わからない子供だった。ゆっくり書くことなのか、力を入れて書くことなのか、だんだんと、自分がどうやって字を書いていたのかもわからなくなるほど細かいことまで考えがめぐりだす。指先感覚のゲシュタルト崩壊を経て、何度書きなおしても何一つ納得できる仕上がりにならないことに苛立ち、結局何回も消しゴムをかけて黒ずんだ紙に書いた全く愛着のわかない字を恨めしく見つめていた記憶がある。

丁寧とはきっと、過去からの知見に即して手順や方法を守り、道具の持つ本来の役割を存分に引き出したうえで物事に当たることだ。ムラのない泡に満たされた抹茶、ホットサンドの繊細な焼き目の加減、汁粉の粒が揃ったあずきと美しく配置された白玉をみて、そう思った。

何よりここは漆器販売がメインの店だから当然なのかもしれないが、碗の内側にお茶がハネたような形跡や、皿や盆に焼いたパンならではの細かいパン屑が散った様子も感じられない。そもそもが素敵な器類なのに、食べ物が丁寧に盛られたことでなおさら魅力が増したように感じた。漆器ならではの手に伝わる温度と柔らかい触感は言うまでもない。

丁寧さは、行き届けば行き届くほどあたかも当たり前のこととして目に映るものなのかもしれない。