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若きトリ肉の悩み

鳥千 府中

https://tabelog.com/tokyo/A1326/A132602/13118688/

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愛され体質、という言葉があるが、バナナは果物における愛され体質の白眉であろう。優しい甘み、歯も生え揃わぬ乳児でも噛める柔らかさ、皮が剥きやすく、マットな質感と程よい厚みの皮が指をベタつきから守る。さらに微妙な反り具合が、手に持ったときにさりげなく口元へ向かう様子。全てにおいておもてなしの心を兼ね備えるバナナが、果物界の愛され体質であることは万人が認めるところであろう。

そのバナナに比肩しうると考えるものの一つにモスバーガーのモスチキンがある。世の中には他のフライドチキンは敬遠してもモスチキンなら、という人は多いとみている。

競馬場に10数年ぶりに足を運ぶ機会があった。その一角にある売店で販売されていたフライドチキン。モスチキンと同じ形状だった。あの形状には、愛され体質の秘密がある。あの独特の形状にした鶏肉は、それまでのフライドチキンが持つ過剰と過少、両方の課題を均衡させた存在なのである。

フライドチキンには、時と場合によりその選択肢としての相応しさを問われる要因がいくつかがある。その一つは骨だ。

骨は、手に持つときにたしかに便利である。しかし、手に持ったその重みに対し、占める割合少なからぬのが骨の厄介なところだ。肉と思ってかぶりついて骨に歯があたった瞬間、この肉も所詮この程度か、と興醒めた経験はないだろうか。骨の厄介な所以はそれだけではない。

骨に残った肉をどこまでこそげ落として口にするかの判断が難しいのである。みっともなさを恥じる人ならその様子を他人に見られたくないし、女性であれば口紅等メイクにもたらす影響も無視できない。歯の弱い中高年は筋が歯に挟まる懸念もあるものだ。ことほど左様に、骨はフライドチキンに対する人々の評価を左右してきたのである。

もう一つは脂肪である。フライドチキンはただでさえ揚げ物であるところに、これが皮付きのもも肉を使用するとなるとそのカロリーは、皮なしのむね肉の倍ほどに上る。なにより、くどい。不健康を承知で食べる食事は、あくまでも味と健康へのエクスキューズのバランスが取れてこそ、その背徳的な魅力を最大化する。最も脂の少ないささみという部位があるが、その淡白さは健康に寄りすぎていて味とのバランスが満たされているとは言い難い。パサパサのフライドチキンほど、人間の決めた覚悟に対するリターンを否定した存在はない。

ここで、モスチキンの形状がもつ優位性を私達は理解すべきなのである。鶏の腕の付け根からつながるむね肉をひとつなぎに切り出したその形状は、もも肉ほどの脂感はなく、かといってささみほど物足りなさではないむね肉を中心とする。さらに、持ち手として活躍するわずかな骨を除けば、目に見える範囲はほぼすべて食べられるというスペック。

おもてなしを生み出した日本が誇るハンバーガーチェーンが、シグネチャーアイテムとするに何とふさわしいことか。

 

競馬場で買い求めたそのフライドチキンは、細かいパン粉で揚げられていた。これではチキンカツだ、と私は思った。しかも、売店の隣はモスバーガーであった。いろいろ深掘りしたい気分を抑え、寒空の下レースのない静かな馬場を眺め完食し帰宅。

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