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大根が煮上がって春

 

 

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これがこの冬最後のおでんだ、と思いながら大根の端を箸でさくっと割る。味がしみていながら、断面が切りたてのようにまっすぐした大根に出会えることは冬の幸せの一つである。

そんな大根は、実にお行儀よくすとん、と箸が入ることを知っているので、こちらもいつもより箸を行儀よく持つ気持ちになったりもする。

同様のことは他の物にも感じる。肉、魚、野菜、ていねいに扱われて盛り付けられたものはだいたい何でも角がすっきりとしている。押しつぶされたような感じや、ぐたっとダレた感じがない。

さすがに汁物には角もなにもないだろうと思ったけれど、雑な扱いを受けているとたとえ汁物でも椀や器のフチや内側にに飛び散った汁がついていたり拭き取ったような痕が見えるように残っていたりするんである。まだ熱々で湯気が立ってでもいればうまそうにも見えるものの、扱いが悪いのでぬるくて湯気もなかったりする。お行儀のいい汁物は角ではなくて「弧」がすっきりしているといえる気がする。

 

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渋谷 おいちゃん

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